RION Techinical Journal Vol.1
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振動子の構造開発において、毎日のように課題やアイデアをメモして考えたという岩倉。こうした積み重ねが画期的な構造開発につながっていった。岩倉 行志技術開発センター顧問。リオン入社以来、磁石を利用したBA型イヤホン等の開発に尽力。軟骨伝導補聴器のコア技術となるBA-S方式の振動子開発に成功し、製品化において重要な役割を果たした。軟骨伝導を活用した補聴器開発への道 それまで古今東西の研究者たちも聞いていたであろう軟骨伝導による音。だが、それは骨伝導による音として見過ごされてきたのだろうと細井先生は話す。その後、軟骨の振動について詳しく調べていくと、自身の直感は正しかったことが徐々に分かってきたという。「骨伝導というのは、骨が振動して音が伝わるという経路。つまり、骨の振動は必須です。軟骨伝導のメカニズムは骨伝導と異なり、骨の振動は、必須ではありません。外耳道の外半分は軟骨の筒、内半分は骨の筒でできています。軟骨に振動子を当てて振動させると軟骨の筒が振動し、軟骨部外耳道の中、つまり耳の中に音が生成されます。スピーカーにおいては、コーンが振動して空気の粗密波を作り、音を発生させますが、円筒状の軟骨部外耳道がこのコーンの役割を果たしています。種々の聴覚実験で、軟骨伝導音は気導音とも骨伝導音とも異なる性質を持っていることがわかりました」 世界の誰も気づいていなかった軟骨伝導という聴覚経路。細井先生はその存在を知って以来、研究チームの先生方と共にいくつもの論文を立て続けに発表した。軟骨伝導がきっと新たな補聴器の開発につながると確信していたからだ。「軟骨から音を伝えるということは、耳の中に音源をつくるということ。つまり自分には音が聞こえる一方、隣の人には聞こえないという利点を持った聴覚・音響機器ができるだろうと。補聴器については、振動子を軟骨に接触させるだけで聞こえるので身体的な負担が少ない。骨伝導の補聴器は、振動を伝えるために骨伝導振動子の装着部の骨を圧迫する必要があり、痛みを感じる場合も多いんです。なんらかの理由で外耳道が閉塞した方でも、振動子を軟骨に当てることによって音が聞ける。私は耳鼻科医ですから、ぜひともこの軟骨伝導を活用した補聴器で、ひとりでも多くの方に快適な聞こえを提供したいと考えたんです。でも、軟骨伝導を発見してから何年もの間、有力国際誌に掲載することができませんでした。それは、論文の査読者が発見されて間もない現象 “Cartilage Conduction”を知らないこと、先行論文がないので参考文献がないことが理由として挙げられます。ある時、医学誌のチーフエディターが来日されましたので、軟骨伝導音を試聴していただきました。初めての体験に「オー」と驚かれ、興味を持っていただきました。その結果、直後に投稿したある論文は、掲載されました。そのような努力と啓蒙活動により、ようやく軟骨伝導の存在が認知されるようになったんです」 そして、軟骨伝導を活用した補聴器の開発に向け、2010年、リオンとの共同研究が始まり、リオン側ではこの新たな聴覚経路をどう補聴器に活かしていくか、模索が始まっていく。次々と立ちはだかる大きな壁 現在、リオン技術開発センターの顧問を務める岩倉行志は、軟骨伝導補聴器の開発に挑んだ技術者だ。ところが初期段階で大きな壁にぶち当たり、製品化は難しいという結論に到達してしまう。岩倉はその理由をこう説明する。「圧電型の振動子は、聞こえがいいということで試作を始めたんですが、これを駆動するためのICには3 V以上の電源供給(一般的な補聴器は1.4 Vのボタン型空気亜鉛電池を利用)が必要でした。また、ICの消費電力は60 mW以上で一般的な補聴器の60倍以上です。それに、圧電型は低音域の振幅が小さく、出力がとれない(足りない)。これはちょっと製品化は難しいと、自分の中で早々に結論を出したんです」軟骨伝導補聴器通常の補聴器ではイヤホンを耳の穴に装着するが、軟骨伝導補聴器は振動子と呼ばれる部品を外耳道入り口の軟骨部に装着し、増幅した音を軟骨部に伝えて聞き取る。通常の補聴器と同様にボタン型電池1個で使用可能。現在、全国102カ所の指定医療機関を受診後に購入可能。[製品に関する問い合わせ先]医療機器事業部 営業部フリーコール:0800-500-2933(受付時間/9:00〜17:00/土・日・祝日・当社指定日は除く)3

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