RION Techinical Journal Vol.5
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、まずは、現在取り組んでいる研究開発について教えてください。 私は、補聴器の開発研究を主に行っています。最近では、AI技術の一つであるディープニューラルネットワークを用いた「雑音を抑制し音声を聞き取りやすくする機能」を開発していて、シミュレーションから製品実装までを担当しています。雑音下において音声の聞き取りが難しいと、空港や駅で重要なアナウンスを聞き逃したり、カフェや居酒屋で友人との会話が難しくなったりするなど、生活に大きな影響を与えます。このため、雑音下での音声の聞き取り改善は、補聴器にとって大きな課題の一つとなっています。ディープニューラルネットワークによって「聞き取りを向上させられる」という研究結果が世の中で多く出てきていますが、補聴器は小型かつ一日中利用するため計算量の制限が厳しく、研究成果をそのまま製品に搭載することはできません。そこを工夫し、製品に搭載できるように開発研究を行っています。 私は主に耳鼻咽喉科で使用する聴覚検査機器に関わる研究を行っています。耳に入ってきた音を最初に感じる「蝸牛」と呼ばれる部位があって、この蝸牛の健康状態を調べられる「耳音響放射検査」というものがあります。耳音響放射検査は古くから臨床現場で活用されていますが、既存の検査法では把握できない蝸牛の病態や特性を評価する新たな方法について、外部の大学や病院と一緒に研究・開発をしています。お互いの研究分野に関して聞いてみたいことは? 素人質問なのですが、音を発すると耳の中でその音が返ってくるってすごいことだと思うんです。これってどうして起こるのですか? 振動として耳から入ってきた音を、蝸牛が電気信号に変換して、脳に繋がっている神経回路へ情報を伝えるのですが、蝸牛には、よりクリアな情報を伝えるために音を増幅する機能が備わっています。その音を増幅する過程で発生したエネルギーが、一部音として耳の外まで逆流して出てくるんです。蝸牛の健康状態が良くないとこの増幅機能が働かず音が出てきません。不思議ですよね(笑)。私は補聴器の設計経験がないのですが、海外メーカーも含めて他社がどれくらいAI技術を取り入れているのかが気になります。 リオンも含めほとんどの会社がAI技術を取り入れています。ただ、ディープラーニングを用いた製品はいくつか発売され始めた段階で、主に補聴器の調整の最適化や、雑音下音声の聞き取り向上に使われています。今後、ディープラーニングを用いることで補聴器の性能は急速に発展すると思うので、リオンでも新しい価値をユーザーに提供するためにAI技術の開発に日々取り組んでいます。蝦名さんの研究分野ではAI技術は活用されているんですか? 耳鼻科領域ではほとんど進んでいないですね。というのも、AIの醍醐味って常に新しいデータを取り入れて環境に適応させ、性能を向上させ続けていくことにあると思うんですが、医療機器全般に言えるのは、この事がリスクを生じさせる場合もあります。たとえば、過学習によって性能が劣化してしまったり、AIが出した結果の解釈が難解だったり、それによって誤診の恐れや患者さんに危害を加えてしまうケースも考えられます。カルテ情報や検査データなどのビックデータを用いたデータマイニングによる隠れた病気の発見や診断に関わる有益な情報の提供など多くの利用価値が期待される一方で、出荷・サービス開始後の安全性や性能をどう保証するかが課題になっていて、それが足かせになっているのではないかと思います。二人が取り組まれている研究開発について、どんな未来が期待されているのでしょうか? 近い未来と遠い未来のイメージをお聞かせください。 近い未来だと、雑音下の聞き取りに困ることが少なくなると思います。そうなると、これまで会話が難しく、人とのコミュニケーションがおっくうになっていた人が少なくなるため、人と人のつながりが太くなり、良い社会になっていくのかなと思います。積極的な社会参加が、認知症を含む健康寿命に影響があると言いますし、そういった面でも貢献できると思います。100 年先の未来となるとあまり想像できないのですが、身体にチップを埋め込むだけで音が脳に直接入ってくるとか、テレパシー的な世界になっているかもしれない。言葉を伝えるという意味でのコミュニケーションに困ることがなくなっているんじゃないですかね。 AIの活用法として興味があるのは、「ディープニューラルネットワークを用いた聴覚系の神経生理学的なモデル化」です。学習データの収集が大変かつ、学習で得られた結果(モデル)と聴覚系の神経生理学的な対応関係を明らかにすることが必要になりますが、難聴者の聞こえの理解や病態の見える化、予後の予測など、さまざまなことに利用できる可能性があります。不慣れな医師や看護師もこういうツールがあれば的確な診断や治療方法の検討ができるようになると思います。再生医療の進化は、補聴器や聴覚検査にどのように影響すると思いますか? 再生医療が発展すると、補聴器がほとんど存在しない世界が来ると思います。再生医療が始まって直ぐは、大澤正俊技術開発センター R&D室 補聴・計測技術開発グループ。2012年入社以来、補聴器の性能や技術向上を目指して研究開発に取り組む。ミライの技術、  FUTURE TALK 10

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